日本のマンホール文化が熱すぎる。”下水道のフタ”に込められた歴史。

足元に広がる、直径60cmのアートワールド
ふと足元に目をやると、そこに見つかるカラフルで緻密な円形のアート──。
それが、いま世界中から注目を集める 日本のマンホール蓋です。
見た目はただの鉄蓋。でも、その直径60センチの丸い世界には、驚くほど多くの物語が詰まっているのです。
今回は、日本の“足元文化”とも言えるマンホールの世界を、RAW JAPANがまるっとご案内します。
はじまりは“木のフタ”? 意外すぎる歴史の入口
1884年、東京・神田の下水に初の鋳鉄製マンホール蓋が使われたことで、ようやく「鉄の時代」が幕を開けます。丸い形が一般的になるのは、明治の終わりから大正にかけてのこと。イギリスなど西洋の技術を手本に、日本独自の発展を遂げていきました。
戦前には、台湾・満州・大連といった旧植民地にも日本製マンホールが設置され、技術が海外にも広がっていたという記録も残っています。
“東京型”と“名古屋型”──デザイン模様にも血統アリ
マンホールの模様には、実は“血統”があります。
大正時代、東京市の下水道設計を担当した技師・中島鋭治が考案した幾何学模様は「東京型」と呼ばれ、後にJIS(日本工業規格)にまで採用されました。その教え子たちが各地に伝えたことで、全国に広まったのです。一方、名古屋市の技師・茂庭忠次郎によって生まれた「名古屋型」は、また異なる意匠を持って広がっていきます。
昭和に入ると大阪市や神戸市なども独自の“市型模様”を打ち出し、さらにはメーカーごとのオリジナル模様も登場。こうして日本中のマンホールが、まるで“地上の家紋”のように個性を競い合う時代へと突入していきました。
東京型のマンホール蓋![]() | 名古屋型のマンホール蓋![]() |
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1枚のフタに職人とテクノロジーが詰まっている
「どうせ鉄のフタでしょ?」とあなどるなかれ。
日本のマンホールは、鉄のリサイクルから始まります。材料の約7割が再生金属で、環境にも配慮された製品なのです。鉄を溶かし、マグネシウムや硫黄を加えて強度を高めた球状黒鉛鋳鉄(ダクタイル鋳鉄)を生成。それを数千種類の鋳型に流し込み、蓋の形を作っていきます。
大量生産品は自動化ラインで作られますが、特注の一枚物や大判サイズの蓋は、今もなお職人の手作業で注湯されます。溶けた鉄の温度や量、注ぐスピードはすべて経験に基づく“勘”が命。わずか0.2ミリのズレでも不具合が出るため、加工は極めてシビア。側面の角度までミリ単位で調整し、フタと枠が“ピタリ”と合うよう仕上げていきます。
アートとしての進化。ご当地マンホールの誕生
マンホールはインフラ。そのはずなのに、日本ではなぜかアートになっている──。
そんな不思議な現象の背景には、1980年代の“ある工夫”がありました。
高度経済成長のあと、全国的に下水道整備が進められるなかで、「下水道って地味だし、お金かかるのに注目されないよね…」という悩みが建設省にありました。そこで生まれたのが、「だったらフタを派手にしちゃえばいいじゃん!」という逆転の発想。
1986年からは優れたマンホールデザインの選定が始まり、翌年には写真集『マンホールの表情』が刊行。自治体も競うようにオリジナルデザイン蓋を作り始め、地元の名所、特産品、花、動物、伝説など──地域の“推し”が次々と地面に描かれていったのです。
この動きがきっかけで、いまや全国1780市区町村のうち95%以上が独自デザインのマンホール蓋を採用。その数、なんと6000種類以上。世界的に見ても、この“ご当地マンホール密度”は日本だけの現象です。
蓋のデザインは、自治体職員の企画から、一般市民の公募、そして製造メーカーからの提案までさまざま。最近ではプロのイラストレーターやデザイナーとのコラボも増えていて、クオリティは完全に“展示会レベル”。とはいえ、単に見た目がキレイなだけでは不採用。滑り止め性能や耐摩耗性など、機能面でも厳しい基準をクリアする必要があります。
ちなみに、デザインがどんなに複雑でも、蓋の模様はすべて鋳造(鋳物)で表現されているのがポイント。手描きじゃなく、溶かした鉄を型に流し込んで模様を立体で表現するという、昔ながらの超絶技巧です。
この“見せるインフラ”の発想が、やがてキャラクターとのコラボやマンホールカードブームへとつながっていくのです。
キャラクター達のマンホールが街に溢れてる!
ここ数年、全国の自治体が続々と人気キャラクターとコラボした“キャラ系マンホール”を制作。推しが住む街に降臨したり、旅行先の地面に突然ガンダムがいたりと、歩いてるだけでテンション上がるサプライズが仕込まれています。
柏市「ベルサイユのばら」デザインマンホール蓋
柏市制施行70周年を記念し、漫画「ベルサイユのばら」デザインマンホール蓋が柏市内3か所に設置された。
松江市「ガンダム」デザインマンホール蓋
「ガンダムプロジェクト」が企画する「ガンダムマンホールプロジェクト」より、松江市の観光名所「国宝松江城と桜」を背景にした「ガンダムマンホール」が、松江市に寄贈された。また、ガンダムマンホールプロジェクトでは、松江市以外にも沢山の地域に寄贈されているので、興味がある方はサイトをチェックしてみよう。
新潟県長岡市「るろうに剣心-緋村剣心」デザインマンホール蓋
颯爽と登場し、道ゆく人々を“おろ?”と驚かせる。他にも「神谷薫」や「明神弥彦&相楽左之助」の全3種類あり、下水道事業100周年を記念して製作された。
武蔵野市「シティーハンター」デザインマンホール蓋
シティーハンターの作者、北条司が漫画家デビュー以来、長く住んでいた武蔵野市に設置されたシティーハンターのデザインマンホール蓋。吉祥寺駅のゾウのはな子像付近に設置されている。
全国を席巻している「ポケふた」シリーズのデザインマンホール蓋
日本全国378カ所以上に設置されたポケモン蓋は、アニメと自治体の最強タッグ。旅先で“推しポケ”を探す人も急増中です。
関連記事:日本全国が“推しポケモン”だらけ!? 「ポケモンローカルActs」の世界がアツすぎる。
こうしたキャラクターとコラボしたマンホールは、アニメの舞台や作者の出身地との縁を大切にしたデザインが多く、
ファンにとっては“聖地巡礼+マンホール巡り”のダブル旅が楽しめる最高のコースに。
もはや、地面は「歩くギャラリー」。
うっかり見逃すと一生後悔する推しが、あなたの足元で待っているかもしれません。
漫画やアニメ以外にも!
大谷翔平選手を含む、日本人MLB12選手のデザインマンホールカバーが各地に設置
マンホールカードで火が付いた“巡礼ブーム”
2016年から始まった「マンホールカード」配布事業が、さらなるブームを巻き起こします。
各自治体のデザイン蓋を紹介した無料配布カードで、現地に行かないともらえないという“旅の証”的なアイテムです。
カード表面には蓋の写真と座標、裏には由来や地域情報が記されており、現在では全国1150種類以上が配布されています。マンホーラーと呼ばれる愛好家たちは、カード片手に全国のマンホールを巡る“聖地巡礼”を楽しみ、交流イベントやSNSでの情報交換も盛んです。マンホールは、いまや新しい形の観光資源となっているのです。
ポケふたから海外ファンまで──マンホールが観光になる時代
ポケモンと地域がコラボしたマンホール蓋は、これまでに378枚以上が設置され、外国人観光客を惹きつける“推し蓋スポット”となっています。
新潟・小千谷市の「コイキング蓋」など、その土地ならではの題材が描かれたデザインには、わざわざ海外から見にくる人も。これはもう“マンホール”という名の観光施設です。
“本物の下水道の中”に入れる!?
“マンホールの聖地、「ふれあい下水道館」へ行こう
この記事の最後に、マンホール文化の集大成に触れたいなら、東京・小平市にある「ふれあい下水道館」は外せません。
ふれあい下水道館は、ただの資料館じゃありません──地下5階まで潜って、実際に稼働中の下水道管を見学できるという、日本唯一のスポット。
館内には、下水の仕組みや歴史、マンホールの役割を学べる展示がずらり。
実物のマンホール蓋やマンホールカード、さらにはJIS型の蓋を手に取って比べられる体験もあり、オタクから子どもまで大満足。
最大の見どころは、透明アクリル越しに眺める本物の下水道管(直径4.5m!)。
しかも、今も現役で稼働していて、目の前を本当に下水が流れているというリアルさ。
「足元にこんな世界があったのか…」と体感できる、“マンホーラー入門の聖地”とも言える場所です。
施設名 | 小平市ふれあい下水道館 |
住所 | 東京都小平市上水本町1-25-31 Google Map |
入館料 | 無料 |
開館時間 | 10:00〜16:00(入館は15:30まで) |
休館日 | 月曜(休日・祝日の場合は、その翌日) 年末年始(12月27日から1月5日まで) |
駐車場 | 有(バス優先) |
RAW JAPAN’s Takeaway
足元にある丸いフタを、ただの下水道の入口だと思っていませんでしたか?
実はそこに、日本の技術、職人技、地域の誇り、災害対策、そしてアートが、ぎゅっと詰め込まれているのです。
「直径60cmの小宇宙」とも言われるこの世界。
その奥深さに一度ハマれば、もう足元を無視して歩けなくなるかもしれません。
次に日本を歩くとき、ぜひ一度、目線を“下”に向けてみてください。
あなたの旅が、ひと味違うものになるはずです。
出典:日本グラウンドマンホール工業会 / nippon.com / エキサイトニュース / 国土交通省 / TBS NEWS DIG 他より構成
クセつよな日本を偏愛する、2児のパパ。 日常のすき間から見える“じわるニッポン”を追いかけています。